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魚「はえ」に見る尾張の食文化



津島散策

先日、津島を訪ねた。

過去に一度、天王祭の観覧に訪ねたきりだったので、平時の昼間は初めて。

津島市観光交流センターでの会議を傾聴し、津島市重要文化財「氷室作太夫家住居」の外観を閲覧後、件の案内をくださった方と駅まで歩く。

途中、「うなぎの蒲焼」に目がとまった。

魚良」の提灯から、魚店らしい。鰻はしばらく、満足のいくものを食べてない気がしていたので、奥に「こんにちはー」と声をかける。

焼き上がりまで40分ほどかかると聞き、連れと別れて周囲をぶらつくことにした。

堀川の「はえ」

駅から徒歩10分弱の距離なので、駅近くに行き着く。

魚光駅前店」のガラス戸に、「煮はえ」の貼紙を見て、名古屋で「春の堀川クルーズ」に参加したときの話を思い出した。

堀川ではかつて、「はえ」という鮒(ふな)の当歳魚がよく捕れ、家庭の食卓によくのぼっていたそう。

あの「はえ」だろうかと、店に入って聞けば、そうだ、若い人が好んで買っていくとのお話から、買い求めた。

それから「魚良」へ戻って鰻の蒲焼を受け取り、駅までの途中、和洋菓子店「らく楽菓子舗」にも寄って帰途についた。

煮はえ」は写真の通り、小魚の佃煮。生姜入りなので日持ちがし、素朴な味わいでおいしい。

「はえ」の呼び名はなにか

さて、「はえ」。

なぜ「はえ」と呼ぶのか調べたところ、琵琶湖の雄は「おいかわ」、関東は「やまべ」、大阪は「はす」と呼ぶらしいが、そもそもの語音がなにかわからなかった。

わかったのは、尾張地方の淡水魚料理として、かつて標準的な食材だったらしいこと。

桑名だったか「新はえの押し寿司」というページを見かけ、当歳魚で「新」とはこれいかにと謎は深まる。

この経緯をFacebookに載せたところ、名古屋スリバチ学会の知人等が、「はえ」に関する思い出話を寄せてくださった。

なんでも、「港区の南陽町」「飛島周辺」の家庭料理として、「はえやモロコやシジミの押し寿司」はなじみがあったそう。

「家によって具材や味付けが違う」とは、いかにも家庭料理。

また、「かつての今の季節」に「蟹江川」では「新ばえ」をたくさん捕れたとのお話。

そこで「押し寿司」について、ウェブ検索したら、「津島のもろこ寿司」記事がヒットした。

記事中の魚店は、前述の「魚良」。
知らずと、繋がりのある魚店を利用したらしい。

かくして「はえ」は「ハレ」、「映え」「栄え」の語彙と思いあたった。

「新はえ」の「新」は、「新生児」の「新」のようなものだろう。
「新ばえ」と濁る呼び方もあるらしい。

「はえ」と「蟹江町」については、その後にウェブ検索で見つけた「水郷の町 蟹江の佃煮屋 鈴木食品」でも知る。

地域の食文化を伝える箱寿司

家庭料理として、かつてなじまれていた、地産魚介類の押し寿司。

押し寿司の作り方はどうだろうかと調べ、わたしにもできそうな具材で、作ってみようと考えている。

なお、前述の「はえやモロコやシジミ〜」話を聞かせてくれた方から、その後「箱寿司でウェブ検索してみて」と助言をいただいた。

箱寿司、なるほど。
押し寿司では、括りが広すぎる。
地域に興味が深まり、楽しみもできたのは、おかげさま。

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